大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和56年(行ウ)9号 判決

京都市北区大宮開町一番地

北山グランドハイツ一〇九号

原告

荒木友生

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八番地

被告

上京税務署長

三好寅正

右指定代理人

高須要子

井上勝比佐

野村年彦

山崎睦子

日野明義

元屋実

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五三年九月二〇日付でなした

(一) 昭和五〇年分所得税の更正処分

(二) 昭和五一年分所得税の更正処分のうち、総所得金額六〇万五五九六円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分

をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は建築業を営む者であり、昭和五〇年及び昭和五一年分(以下「本件係争年分」という。)所得税につき被告より青色申告の承認を受けている、いわゆる青色申告者である。

2  原告は、昭和五〇年四月一六日に別紙目録(一)ないし(三)記載の土地建物(以下「本件物件」という。)を川田陽三に代金二九五〇万円で売渡したので、昭和五〇年分所得税の確定損失申告書に、本件物件の譲渡にかかる譲渡所得について租税特別措置法(以下「措置法」という。)三五条(居住用財産の譲渡所得の特別控除)の特例の適用を受ける旨及び翌年以後に繰越す純損失の金額を一八七八万四二九六円と記載し、昭和五一年分所得税の確定申告書に総所得金額を六〇万五五九六円、申告納税額を零円と記載して、それぞれ法定申告期限までに申告した。

3  これに対し、被告は昭和五三年九月二〇日付で、昭和五〇年分については、当該申告書における純損失の繰越控除の計算順序に誤りがあるとして、翌年以後に繰越す純損失の金額を零円とする更正処分を、また、昭和五一年分については、総所得金額を一九三八万九八九二円、申告納税額を六三四万七〇〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を三一万七三〇〇円とする賦課決定処分をした(以下これらを合わせて「本件各処分」という。)。

4  原告は本件各処分に対し昭和五三年一一月一六日それぞれ異議申立をしたところ、昭和五四年二月一〇日付でいずれも棄却されたので、同年三月九日審査請求に及んだが、昭和五六年二月二七日付で棄却するとの裁決があり、右裁決書は同年三月二〇日原告に送達されるべきである。

(一) 本件各処分は次のとおり原告の本件各係争年分の所得を過大に認定した違法がある。

(1) 原告が本件物件を売却するに至つたのは、原告の負債約四五〇〇万円を弁済する資金を捻出するためであり、もし債務の弁済をしない場合には、債権者による強制換価手続の執行が避けられない状況にあつた。

(2) また、昭和五〇年四月一六日現在の原告の債務超過額は約四五〇〇万円に達し、その時の資産の保有状況及び過去の所得の状況からして当該債務の弁済は不可能な状況にあつた。

(3) 本件物件の売却による対価はすべて債務の弁済に充当されているのであるから、本件物件の譲渡による所得は、所得税法九条一項一〇号(資力喪失の場合における譲渡所得の非課税)及び所得税法施行令二五条の二(非課税とされる資力喪失による譲渡所得)の規定並びに所得税基本通達九-一二の二(「資力を喪失して債務を弁済することが著しく因難」である場合の意義)の取扱いに該当する非課税所得であり、昭和五〇年分所得税の損失申告書に記載された翌年以後に繰越す純損失の金額一八七八万四二九六円に誤りはない。

(4) 昭和五〇年分においては原告は資力喪失の状態にあつたものであるから、昭和五一年分の債務免除益五一七万五七二二円は、所得税基本通達三六-一七(債務免除益の特例)の取扱いにより、昭和五一年分の事業所得金額の計算上総収入金額に算入しないのが正当である。

(二) 原告は青色申告者であるが、本件各処分の通知書に記載されている更正理由には不備があり違法である。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

同2のうち、原告が売渡した物件に別紙目録(二)記載の土地が含まれていること、売買代金が二九五〇万円であることは否認し、その余は認める。

同3及び4は認める。

同5は争う。

2  課税根拠について

本件各処分は、原告の確定損失申告及び確定申告の計算誤りを是正したものであり、適法である。

(一) 昭和五〇年分について

原告は、昭和五一年三月一五日昭和五〇年分所得税の確定損失申告書を提出したが、右申告書によれば、原告は、昭和五〇年中に本件物件中別紙目録(一)及び(三)の土地建物を二八五〇万円で売却したが、右物件は居住用財産であるから、措置法三五条が適用される等の申告内容であつた。そこで、被告は、原告の右申告に従い、居住用財産の譲渡所得の特別控除の適用を認めた。

しかし、原告の右申告は、別表一記載のとおり、損益通算(所得税法六九条)の順序を誤つたものであつた。すなわち、本来措置法三五条に規定されている特別控除額は損益通算後に控除されるべきところ、原告は、損益通算前に当該特別控除の適用を受ける分離課税の譲渡所得(本件物件中別紙目録(一)及び(三)の土地建物で措置法三五条適用の居住用財産の譲渡)からこれを控除した。その当該譲渡所得金額はこの時点で零円となり、昭和四八年及び昭和四九年に生じた純損失の繰越控除の金額(所得税法七〇条)を昭和五〇年分の所得金額(事業所得金額及び総合課税の短期譲渡所得金額)から控除しきれず、その結果、純損失の繰越控除の未済額として一八七八万四二九六円を翌昭和五一年へ繰越したものである。いわば、原告は、分譲課税の譲渡所得の金額は損益通算後の金額であることを規定した措置法三一条を見落したものといえる。

そこで、被告は、次のとおり計算し、翌年へ繰越す純損失の金額につき、申告額一八七八万四二九六円を零円とする更正処分をしたものである。

〈1〉 昭和四八年分より繰越された純損失の金額 一〇〇六万二九二五円

〈2〉 昭和四九年分より繰越された純損失の金額 一六九三万八二八六円

〈3〉 事業所得金額 八三九万三二九三円

〈4〉 短期総合譲渡所得 △一七万六三七八円

〈5〉 長期分離譲渡所得 一八九八万三八二〇円

イ 〈5〉-〈4〉=一八八〇万七四四二円(所得税法六九条一項、租税特別措置法(所得税関係)取扱通達三一、三二共-二(昭四八直資四-二七改正)(二)号(五)号) ・・・・・・〈A〉

ロ 〈3〉-(〈1〉+〈2〉)=△一八六〇万七九一八円(所得税法七〇条一項、同法施行令二〇一条一号)・・・・・・〈B〉

ハ 〈A〉-〈B〉=一九万九五二四円(同法施行令二〇一条三号) ・・・・・・〈C〉

ニ 〈C〉-特別控除額(一九万九五二四円)=〇)措置法三一条一項・特に同条項本文括弧書において、長期譲渡所得金額は、譲渡所得の特別控除額を控除しないで計算した金額で、所得税法六九条から七一条までの適用がある場合は、その適用後の金額とすると規定されており、被告主張のとおり算出されねばならない。)

ところで、原告は、本件物件の譲渡にかかる所得は、所得税法九条一項一〇号に規定する非課税所得であるから、昭和五〇年分所得税の損失申告書に記載された翌年以後に繰越す純損失の金額一八七八万四二九六円に誤りはない旨主張するが、仮に本件物件等の譲渡にかかる所得が非課税所得に該当するというのであれば、そもそも確定損失申告書に右物件の譲渡に関する記載をするべきではなかつたにもかかわらす、原告は、申告書に譲渡所得があり、かつ、それに関して居住用財産の譲渡として措置法三五条の適用を受けようとする旨の記載をし、しかも、当該譲渡による譲渡所得の金額の計算に関する明細書等を添付しているのであるから(措置法三五条二項)、被告は、原告の右申告を真実と解して、申告どおり措置法三五条の適用を認めたのである(このことは、売買物件及び売買価額について、申告書の記載内容と本訴における原告の主張と異なるが、申告書の記載に従つていることも明らかである。)。

したがつて、本件物件等の譲渡による所得が非課税所得であるというのであれば、原告の申告は誤つていたことになるから、右申告の誤りは更正の請求(国税通則法二三条)により是正されるべきである。そして、一旦なされた申告は、原則として租税法規に定められた手続(更正の請求)に従つてのみこれを是正することが許されるとするのが裁判例である。

したがつて、非課税所得であるとの原告の主張は失当である。

(二) 昭和五一年分について

原告は、総所得金額一九三八万九四九二円から前年から繰越した純損失の金額一八七八万四二九六円を控除して確定申告書を提出したが、昭和五〇年分の昭和五三年九月六日付更正処分の結果、翌年へ繰越す純損失の金額が存在しないこととなつたので、別表二記載のとおり総所得金額から控除した前年から繰越した純損失の金額一八七八万四二九六円を否認した更正処分をなしたものである。

3  更正の理由付記について

本件処分の内容は、前記2で述べたとおり、原告が確定申告をするに当つて、単純な計算誤り(損益通算誤り)をした部分について、これを是正したに過ぎないのであり、そして、右計算誤りにかかる更正理由については、所得税法一五五条二項括弧書に規定されているとおり、更正の理由を付記する必要はない。しかるに、被告は、本件各処分をするに当つて、原告の計算誤り部分を指摘し、更にその正しい計算方法まで付記したものである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証

2  乙号各証の成立はいずれも認める。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四及び第五号証

2  甲第一号証の成立は認める。

理由

一  原告が本件各係争年分所得税につき被告より青色申告の承認を受けているいわゆる青色申告者であること、原告が、昭和五〇年分所得税の確定損失申告書に同年分の譲渡所得について措置法三五条が適用される旨及び翌年以後に繰越す純損失の金額を一八七八万四二九六円と記載し、昭和五一年分所得税の確定申告書に総所得金額を六〇万五五九六円、申告納税額を零円と記載して、それぞれ法定申告期限までに申告したこと、これに対し、被告が昭和五三年九月二〇日付で、昭和五〇年分について当該申告書における純損失の繰越控除の計算順序に誤りがあるとして翌年以後に繰越す純損失の金額を零円とする更正処分を、昭和五一年分については総所得金額を一九三八万九八九二円、申告納税額を六三四万七〇〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を三一万七三〇〇円とする賦課決定処分をしたこと、本件各処分に対する不服申立の経過は当事者間に争いがない。

二  本件各係争年分の所得について検討する。

1  昭和五〇年分について

成立に争いのない乙第二号証によれば、原告が被告に提出した昭和五〇年分所得税の確定損失申告書には、昭和四八年分より繰越された純損失の金額、昭和四九年分より繰越された純損失の金額、事業所得金額、短期総合譲渡所得、長期分離譲渡所得としてそれぞれ別表一の〈1〉ないし〈5〉のとおり記載のあつたことが認められる。

ところで、措置法三五条一項一号は、居住用財産の長期譲渡所得の特別控除額は三〇〇〇万円と当該資産の譲渡にかかる長期譲渡所得の金額とのいずれか低い金額とする旨規定するが、同法三一条一項によれば、長期譲渡所得金額は、所得税法六九条ないし七一条の適用がある場合、その適用後の金額であるとされているので、右特別控除は右規定による損益通算及び損失の繰越控除の後に行なうこととなる。

そこで、原告申告にかかる前記各金額に基づき、法令の規定に従つて損益通算及び損失の繰越控除をすれば次のとおりとなる。

〈1〉  昭和四八年分より繰越された純損失の金額 一〇〇六万二九二五円

〈2〉  昭和四九年分より繰越された純損失の金額 一六九三万八二八六円

〈3〉  事業所得金額 八三九万三二九三円

〈4〉  短期総合譲渡所得 △ 一七万六三七八円

〈5〉  長期分離譲渡所得 一八九八万三八二〇円

イ 〈5〉-〈4〉=一八八〇万七四四二円(所得税法六九条一項、措置法三一条三項二号、所得税法三三条三項、措置法三一条三項四号、同法施行令二〇条六項)○○○〈A〉

ロ 〈3〉-(〈1〉+〈2〉)=△一八六〇万七九一八円(所得税法七〇条一項、同法施行令二〇一条)○○○○○〈B〉

ハ 〈A〉-〈B〉=一九万九五二四円(所得税法七〇条一項、措置法三一条三項二号、所得税法施行令二〇一条、措置法施行令二〇条四項)

右によれば、損益通算及び損失の繰越控除後の長期譲渡所得金額は一九万九五二四円となり、措置法三五条による特別控除額も同額となるため、課税長期譲渡所得金額は零円となり、その結果、昭和五一年分への純損失繰越控除額は零円となる。

原告は、本件物件の譲渡にかかる所得は非課税所得であるから、申告した翌年以後に繰越す純損失の金額一八七八万四二九六円に誤りはない旨主張するが、先にみたとおり、原告は、昭和五〇年分所得税の確定損失申告書に長期分離譲渡所得金額を一八九八万三八二〇円とし、これについて措置法三五条が適用される旨記載していたものであり、しかも、成立に争いのない乙第五号証によれば、右申告書には譲渡所得計算明細書が添付されていたことが認められるので、右譲渡所得が非課税所得であると是正するには国税通則法二三条による更正の請求をするべきであり、右方法以外に確定申告書の記載内容の過誤を主張するためには、右過誤が納税者の責に帰せられない理由によつて更正の請求をすることができず、右方法以外に右申告の過誤について是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情のある場合でなければならないと解すべきところ、原告は右特段の事情について何ら主張するところがない。

以上によれば、昭和五〇年分所得税について翌年以後に繰越す純損失の金額を零円とした本件更正処分に違法はないというべきである。

2  昭和五一年分について

成立に争いのない乙第四号証によれば、原告は昭和五一年分所得税の確定申告書に純損失の繰越控除、事業所得金額、所得控除をそれぞれ別表二の〈1〉、〈2〉、〈4〉と記載していることが認められるが、純損失の繰越控除額は先にみたとおり零円と認められるから、その余の金額について原告の申立額に基づき計算すれば、別表二の処分欄記載のとおり(合計)総所得金額が一九三八万九八九二円、申告納税額が六三四万七〇〇〇円、過少申告加算税額が三一万七三〇〇円となることは明らかであり、同年分所得税について被告がなした更正処分及び賦課決定処分に原告の所得を過大に認定した違法はない。

三  次に、原告は、本件各処分の通知書に記載されている更正理由には不備がある旨主張するが、本件各処分は、先にみたとおり、いずれも損益通算及び損失の繰越控除の適用について誤りがあつたことのみに基因するものであり、この場合所得税法一五五条二項により更正の理由を付記することを要しないところ、本件各処分の通知書をみるに、成立に争いのない乙第一号証の一によれば、昭和五〇年分について申告に損益通算及び損失の繰越控除の誤りがある旨、成立に争いのない乙第三号証の一によれば、昭和五一年分について、昭和五〇年分の申告に損益通算及び損失の繰越控除に誤りがあるため繰越純損失の金額が零円となる旨それぞれ処分の理由が記載されていることが認められるので、原告主張の違法は存しない。

四  以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 森高重久 裁判官東畑良雄は転任につき署名押印できない。裁判長裁判官 田坂友男)

目録

(一) 京都市北区衣笠開キ町六番八

宅地 一二六・八〇平方メートル

(二) 同所六番一八

宅地 一四・〇八平方メートル

(三) 同所六番地八所在

木造瓦葺二階建居宅

延床面積 九一・八三平方メートル

別表一

昭和50年分所得金額計算書

〈省略〉

別表二

昭和51年分所得金額計算書

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例